ヤコブの手紙 1章19―21節
19. 私の愛する兄弟たち、このことをわきまえていなさい。人はだれでも、聞くのに早く、語るのに遅く、怒るのに遅くありなさい。
20. 人の怒りは神の義を実現しないのです。
21. ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。
新年聖餐礼拝メッセージ
2024年1月7日
ヤコブの手紙 1章19―21節
「みことばを受け入れる」
新しい年を迎えました。今年最初の福井中央キリスト教会の礼拝です。謹んで新年のごあいさつを申し上げます。2024年も、どうぞよろしくお願い致します。今年も52回の日曜日の礼拝、また水曜日の祈り会に集ってまいりましょう。
元日の能登半島大地震で皆さんの上に、またつながりのある方に被害が及んでいませんか。余震も続き、厳しい試練が続きます。祈り、励まし合って歩んでまいりましょう。福井県内の教会で協力して「支援物資」を募集し、まとめて、支援の拠点を担ってくださる内灘の教会へお送りします。LINEの連絡に応答してくださって、今朝たくさん持ち寄ってくださったことを感謝します。また同盟教団からの「支援募金募集」にもご協力お願いします。
「おめでとうございます」とは、言いにくい…2024年の年明けですが、この年の教会主題聖句はヤコブの手紙 1章21節です。
ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。
1. 「ヤコブの手紙」とは、
この手紙を書いたのは、主イエス様の弟 であったヤコブと言われています。イエス様誕生後、ヨセフ・マリア夫婦に与えられた子どもたちのひとりです。ヤコブは最初のうち、兄イエス様を神の子・救い主とは信じることができず、ふるさとナザレ村の人たちと同じように、イエス様を批判的な目で見ていました 。
「この人は大工の息子ではないか。母はマリアといい、弟たちはヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。」(マタイの福音書13:55)
こうして彼らはイエスにつまずいた。しかし、イエスは彼らに言われた。「預言者が 敬われないのは、自分の郷里、家族の間だけです。」そして彼らの不信仰のゆえに、 そこでは多くの奇跡をなさらなかった。(マタイの福音書13:57,58)
そんなヤコブが、イエス様の十字架の死と復活の事実に触れることによって、イエス様を「我が主、我が神」と信じ、従う者に変えられたのです。もともとすぐれた資質を持っていたのでしょう。クリスチャンとなったヤコブは、すぐにエルサレム教会のリーダーのひとりとして群れを導くようになります。
そのヤコブが、ステパノ殉教後、迫害され、各地に逃げて行ったユダヤ人クリスチャンたち(使徒の働き8:1-4)を励まし、教え導くためにこの手紙を書いたと言われています。
2. 「ですから」:聞くのに遅く、語るのに早く、すぐにカッとなって怒りやすい私たちだからこそ…
今年の主題聖句は「ですから」と始まります。前に語った内容を踏まえて「だから」という意味の「ですから」です。では、直前の19,20節では、何が語られていたでしょうか。
私の愛する兄弟たち、このことをわきまえていなさい。人はだれでも、聞くのに早く、語るのに遅く、怒るのに遅くありなさい。人の怒りは神の義を実現しないのです。
理想はこうあるべきなのに、私たちの現実は違います。私たちの行動パターンはときに正反対です。「ですから」そういった「すべての汚れやあふれる悪を捨て去り」なさいと、ヤコブは勧めるのです。
人の言葉をさえぎって、自分の言いたいことを口にしてしまうことのある私たちです。互いを知り、相手の思いを聞き、自分の伝えたいことを話す楽しい会話もしていますが、ときにむだなおしゃべりもたくさんしてしまう私たちです。聞いていてつらくなる話もあります。
主なる神様に対しても、聞くことよりも語ることの多い私たちではないでしょうか。特に祈りにおいて、自分のお願い事や悩み事・心配事を言うばかりで、黙って神様の御声をなかなか聞くことのできない私たちです。双方向の会話でなく、一方通行の会話を神様としてしまっています。
また神様のみことばよりも、他のものを優先し、他のものに目移りし、すぐに飛びついてしまう私たちです。それは自分の心の中の声であったり、自分を呼ぶ家族の声かもしれません。また欲望を刺激する思いであったり、誘惑する悪魔のささやきかもしれません。最新の情報:今日の天気予報やニュースであったりもします。スマホから鳴る通知音で知らされるメールやLINEの着信かもしれません。
3. まず、神様のみことばを「聞く」ことを
聖書の時代、書物は貴重品でした。紙も希少だったでしょうし、活版印刷の技術もまだ発明されていませんから、当時の聖書は書写生が一言一句、正確に手書きで書き写して作られたものでした。ですから聖書は、各町や村の会堂に一冊だけあって、それが礼拝の日に朗読者によって朗読されるのを会衆は聞いて、みことばを覚えたのです。今のように一人一冊『聖書』を持つことができるなんて、ぜいたくなことはあり得ない時代でした。語られるみことばをひと言も聞く漏らすまいと真剣に聞き、それを記憶し、心に植え付けていったのです。
一人一冊『聖書』が与えられていて、いつでも読むことができる私たちです。その恵みに感謝しつつ、ときにみことばを聞くことの良さも体験していきましょう。黙読でなく、声に出してみことばを読んでみてください。耳から入ってくる響きから、黙読とは違う聖書の豊かな世界が広がっていきます。プロのナレーターや役者さんが朗読している聖書のCDや、無料でダウンロードできる「聴くドラマ聖書」という聖書アプリ(『聖書・新改訳2017』が採用されている)もあります。状況が許せば、お仕事中、勉強中、家事をしながら、スマホやパソコンから聖書のみことばを聴くことも出ます。
4. あなたの「怒り」は無駄なエネルギー消費であり、独りよがりな正義の行使…
ヤコブはまた、私たちの心に沸き上がる「怒り」の感情が、神様のみことばを聞くことをさまたげていると言います。ですから、そういったものを捨て去りなさいと勧めます。
現代の世界、民衆の怒り・指導者の怒りが争いを生み出し、戦争につながり、人を痛めつけ、命を奪い合い続けています。ウクライナまたガザ地区で起きている現実です。「怒り」はまた「恐れ」とも表裏一体であるように思います。自分がどう対応して良いか分からないので、対応し切れないので、「もう無理」と怒鳴りちらし、または「もうどうにでもなれ」と恐れを吐き出すのです。
国際情勢だけではありません。私自身の日々の生活も同じです。家庭を持つまで、私は自分がわりと心穏やかな人間だと思っていました。感情の起伏が小さい人間だと…。しかし、結婚し、子どもが与えられていく中で、自分がどれほど切れやすく、怒りにまかせて言葉を発し、行動するかを思い知らされました。家族のちょっとした一言に過剰に反応し、おかしくなったように怒りをぶつけてしまうのです。そして大切な家族の心にひどい傷を負わせてしまいます。
腹を立て怒っている状況では、心はみことばに向かわないでしょう。聖書を落ち着いて読めないでしょう。だから、そういった独りよがりな怒った正義を振りかざすのをやめて、無駄なエネルギーを消費しないで、まず神のみことばを聞きなさいと、聖書は教えるのです。
あなたが「自分が正義だ」と人を非難し、振りかざし、ぶちまけている怒りは、神様の思いとは違う、神様の正義とは違う、神様を悲しませているものだと、ヤコブは言うのです。
5. 心の汚れ・悪を脱ぎ捨てて、本物の良いみことばを満たそう
私たちの心の中には、神様から逃げようとするさがのようなものが、みことばよりも他のものを求めてしまう性質があります。おしゃべりに夢中になったり、怒りの感情に支配されてみことばを読めないこと。そうした現実と同時に、心に罪があるので、汚れがあるので、誘惑に負けて悪を行っているので、神様のみことばから離れようとする。さばかれそうで怖いので、厳しいことばは嫌なので、聖いことばは聴きたくないので、みことばと距離を置いてしまうこともあります。ヤコブは語ります。
1:14 人が誘惑にあうのは、それぞれ自分の欲に引かれ、誘われるからです。1:15 そして、欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。
汚れた服を脱いで、洗濯済みのきれいな服に着替えるように、心の汚れ、悪を脱ぎ捨てて(悔い改めて、イエス様に赦して頂き、聖霊によって心を一新されながら)、本当に良きもの・本物で・神のみことばで心を満たしていきましょう。
サタン(悪魔)が入り込みやすいように、心を空っぽのままにしておいてはいけません。良いもので、みことばで心を満たしましょう。
6. イエス様は、あなたの心にみことばの種を蒔き続けておられる。素直に・謙遜に・柔らかな心で受け取ろう。そしてみことばを思い巡らし、感謝し、感動し、自らのものとしていけるように。聞くだけでなく実践できるように。
先ほど交読したマタイの福音書13章の種蒔きのたとえ話と解説で言われている通りです。
今年から教会では共通の聖書日課を使って毎日、聖書を読み、共通のディボーション冊子「みことばの光」に教えられながらの聖書通読を開始しました。また日曜日ごとに、礼拝で共に同じみことばを聴き続けていきます。
神のみことばの前に批判的にではなく素直に、謙遜にみことばを聴き、柔らかな心でみことばを受け取っていきましょう。
7. 今年一年もこれからもずっと、永遠に変わることのない神様のみことば・御約束を求めて歩めますように。
言葉があふれ、軽んじられる現代の日本において、むなしい言葉ではなく、
→ 私たちを生かすまことのことばを、本当に価値のあることばを見出していきたい。
人をけなし、批判し、おとしめるような言葉があふれている現代において、
→ 人を生かし、喜ばせ、慰め、励まし、高め合うことばを見出していきたい。
「口が滑って言ってしまいました」と問題発言を簡単に
「お詫びし、訂正します」と前言撤回が許されてしまうような社会において、
偽画像・偽動画・偽情報、フェイクニュース、デマや作り話に取り囲まれている中で、
→ 永遠に変わることのない神の真実のことばを、必ず成し遂げられる神の約束
のことばを見出していきたい。
一生、私の支えとなり、どんな時も、どんな状況でも、私を生かす神のことばと、今年出会わせて頂きましょう。
祈ります。
福井中央キリスト教会 【日本同盟基督教団】
キリスト教プロテスタントの教会です。 毎週日曜日の午前10時半から📖「礼拝」を、 毎週水曜日の午前10時半から🙏「聖書の学びとお祈りの会」を行っています。 クリスチャンではない方も、どの国の方でも、 👦 👧 👨 赤ちゃんからお年寄りまで 👩 👪 🙍 「礼拝」や「お祈りの会」にご自由にご参加いただけます。 🏡 家族のようなあたたかな教会 ♰ この町の教会 あなたの教会です。
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